埃まみれの書棚から〜古寺、古佛の本〜(第五回)

古佛に魅入られた写真作家達の本〜その足跡や生涯〜 (2/3)

 小川晴暘を知る本

 小川晴暘は、「仏像の美」を引き出す、光と影の立体表現の黒バック写真により、多くの人々を奈良に誘い、仏教美術愛好家にした。

 古記録写真の世界から芸術写真に脱皮、黒バックの中から浮きあがる新薬師寺伐折羅の顔写真は、センセーショナルな感動を与えた。その作品は、現代でも第一級の美しさで心を撃つ。

 一度は誰もが手にする、和辻哲郎「古寺巡礼」(T8改訂版)の挿入図版は、昭和35年頃までは、小川晴暘の写真であった。和辻の文章とこの写真で奈良探訪を夢見た人は、数知れぬに違いない。中宮寺弥勒の顔は殊に美しい。

 明治22年生まれ、大正11年奈良博そばに「飛鳥園」開業、昭和35年没66歳。

 「奈良飛鳥園」島村利正著(S55)新潮社
 小川晴暘という人間を識り、その足跡を辿るにはこの一冊で必要にして十分。
 セミノンフィクション小説ながら、その生涯が、愛情を込めて語り尽くされている。

 我々は本書で、小川が
 * 姫路に生まれ、写真を学びながら画家を志し、文展入選の新進洋画家だったこと。
 * 縁あって朝日新聞社大阪に入社、かたわら奈良美術の写真を撮り始めたこと。
 * 会津八一と出会い、文化人達に認められるようになり、ついに「飛鳥園」を開業
 * 古美術研究雑誌「仏教美術・東洋美術」を主宰発行するなど、美術史学発展にも寄与したことなどを知ることができる。

 小川を巡る女性たちも描かれ、流石、小説家ならではの筆致で、惹き込むように読ませる。   

 著者島村利正は、15歳から3年ほど(T15〜S4)「飛鳥園」で奉公しており、本書にも文学少年、杉村理一の名で登場する。「飛鳥園」に来たウォナーを描いた「奈良登大路町」新潮社など奈良美術をめぐる作品も多い。

 小川晴暘本人が自ら写真技法を語ったものは、
 「古美術写真」最新写真科学体系第11回(S11)誠文堂新光社

 仏像写真の傑作は、
 「上代の彫刻」上野直昭著(S17)朝日新聞社
 
大型写真集としていまでも眼を楽しませてくれる。

 「飛鳥園」は今もかわらず日吉館隣りに在り、晴暘子息の光三氏が立派な美術写真ギャラリーに新装し、古寺古佛写真の企画展などを開催(販売)している。

 

 坂本万七を知る本

 坂本万七の写真は、静かで、きっちりして、あたたかく、美しい、というのが私の印象。
 学術的資料性と芸術性という、一見相反する目的と表現を兼ね備えた写真を残した写真家、といわれる。
 明治33年広島生まれ、写真掲載の美術書は数多い、昭和49年没74歳。
 坂本の初出版の仏像写真集は、めったに見かけない図録なのでここで紹介しておきたい。

 「支那上代彫刻」第1輯〜3輯(S5〜6) 聚楽社
 大判B3版大、限定250部の凝った装丁、個人所蔵中国石彫の私家版的写真集。
 橋本関雪、藤木正一、山口謙四郎、細川護立等の所蔵品が掲載され珍しい。坂本の写真らしい静かな美の味わいを感じる。

 「坂本満七遺作集〜美しき佛たち〜」(S50))日本経済新聞社
 代表作品図版、交友あった人16人の寄稿、年譜著作目録から成る。

 美術史家の寄稿も多く、田澤坦、澤柳大五郎、町田甲一、源豊宗、上原昭一が、人となり、作風などを綴っている。

 「奇異なアングルから撮るとか、殊更過度のライティングを効かせるなど・・・・・・嫌われていたに相違ない。・・・・・・このようにひたすら客観的正確さを追求して止まない態度が、坂本さんの写真が学術的資料として大いに役立つ結果を育て上げた」(田澤坦)

 「坂本氏の写真は、・・・・・・主観的表現を廃して・・・・・像そのものがもつ美しさを正しく伝えることに真面目な努力が払われていて、特に学問的な資料としての図版の役目を十二分に果たした功績は大きい」(町田甲一)

 また、本書所収の『坂本さんと奈良六大寺大観前史』(町田甲一)には、坂本が「法隆寺資料彫刻編」(未完)に打ち込んだ有様、その中断と、その後の奈良六大寺大観発刊にいたるいきさつが、感慨深く語られている。

 

 藤本四八を知る本

 藤本四八は、昭和12年、名取洋之助主宰の日本工房に入社、のち国際報道工芸の写真部長となり、報道写真などで活躍。
 昭和20年に出版された写真集「唐招提寺」「薬師寺」は、終戦直後、人々に心の安らぎを与えたという。明治44年長野飯田市生まれ

 「仏像を撮る」藤本四八著(S52)朝日ソノラマ

 現代カメラ新書No45として出版されている。奈良の寺々を中心に仏像を撮影した苦労話や、それにまつわる技術、経験談が載っている。冒頭で語られている「ある日その店頭に『薬師寺』と『唐招提寺』の写真グラビア印刷の本が並びました。厚手の模造紙に刷った本で、・・・・・4〜5ページの仙花紙の解説文がついた・・・・・・今考えると大変粗末な本だが・・・・驚いたことに飛ぶように売れていました。その状況を偶然目撃した私は、感動しました。私の目からとめどもなく涙が流れてきました。戦争に負け茫然とし、そして何かを求めている人たちの群れ。

 その寺の本は、戦時中に私が熱中して撮った写真だったのです。」という文章は、感動的。

 

 田枝幹宏を知る本

 大正9年岡山新見市生まれ。フリーの彫刻写真家として、地方佛の撮影に情熱を注ぐ。
 代表作「続日本の彫刻」は、私に地方佛の美と魅力を教えてくれた。久野健との共著が多い。

 「僕の彫刻史〜カメラかついで五十年」田枝幹宏著(H10)淡交社

 円空木喰佛、地方物との出会い撮影を通じて、自らの足跡、人生を回顧した本。
 「僕が彫刻写真家への道を模索するようになったのは昭和28年の暮れ、東北の僻村で一体のノミ目模様が美しい聖観音像(天台寺)に遭遇してからのことで、その素朴で清楚な姿が僕を捕らえて離さなかったからです。
 幸い、長年地方佛を研究してこられた久野健さんの知己を得て、仕事の輪郭が見えるようになりました。」と語っている。

 自費で地方佛、鉈彫り佛の撮影に取り組んできた成果が結実したのが、
 「続日本の彫刻」久野健共著(S40)美術出版社
 私の学生時代(S45年頃)、この本は同好会での地方佛探訪の教科書であった。

 久野健の解説を皆で読むのに、値の高い白コピーを一部取り、これを青コピーに焼直していたことを懐かしく思い出す。〜学生には高価で買える本ではなかった〜  −続く−

 

  奈良市内の写真は、西大寺在住の石川裕章氏撮影によります。

  

      上代の彫刻          坂本満七遺作集〜美しき佛たち

  朝日新聞社             日本経済新聞社

      

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