埃まみれの書棚から〜古寺、古佛の本〜(第三十七回)
第九話 地方佛〜その魅力にふれる本〜
《その1》心惹かれる地方佛の世界(3/3)
【9-3】
3.地方佛の世界と魅力を語った本
エエッ!・・・・
法華寺・十一面観音立像が天平17年(745)の制作で、東大寺四月堂・千手観音像が天平19年(747)の制作?
法華寺十一面観音は、平安初期彫刻の代表作ではないのか。
こんな、大胆奇抜な新説を主張する本がある。
「古佛〜彫像のイコノロジー〜」井上正著 (S61) 法蔵館刊
地方仏・一木彫の世界の不思議を語るに、誠に興味深い本。
平安前・中期といわれている地方一木彫のうち、奈良時代の制作と考えられるものが、結構あるというのだから。
しかも、それらの仏像は、強烈なインパクト・迫力があり、アクが強い異形・異容な地方仏ばかり。
井上正は、本書冒頭の「古密教彫像序説」でこのように主張している。
従来の「乾漆・塑像中心の天平彫刻の時代から、大転換が起こり平安初期木彫が発生する」という定説は、再検討の余地がある。
即ち「一木彫の本格的成立は9世紀であり、その流れが10世紀に及んだ」という考え方だけに固定するのではなくて、「行基、泰澄、良弁などの建立になる民間布教系の寺院で造立・安置された本尊は、7世紀後半から8世紀にかけ請来された、古密教尊像系の彫刻などをベースにした、一木彫の薬師か観音ではなかったか?
奈良時代創建伝承を持つ寺院の本尊には、創建当初の一木彫が伝えられているものもあると考えるべきだ。」
と、いうもの。
井上によれば、制作が奈良時代まで遡ることが出来る一木彫は、古密教系の霊木化現仏と呼ぶべきもので、「霊威表現」がされた像。
霊威表現とは、「歪みの造型」「威相」「異常な量感の強調」「部分の強調と比例整斉の否定」「尋常でない衣文表現」「化現表現」などを特徴とする表現。
そうした考え方によれば、法華寺像、四月堂像は天平の作ということになってしまう。
そして、行基開基伝承のある地方の寺々などに残された、一木彫地方仏のいくつかは、奈良時代制作の当初像と考えることが出来る、と主張。
〈播磨〉楊柳寺・楊柳観音→白雉2年(651)、〈小浜〉羽賀寺・十一面観音→霊亀2年(716)
〈三重〉観菩提寺・十一面観音→神亀2年(725)、〈摂津〉勝尾寺・千手観音→宝亀10年(779)、〈三重〉朝田寺・地蔵菩薩→延暦15年(796)等々
といった具合である。
観菩提寺・十一面観音立像 勝尾寺・千手観音立像
その後、これらの「異形の地方仏たちの世界」が、芸術新潮に2回にわたり特集が組まれた。
この特集で、これら「異形の仏像の存在」が、多くの人々に知られるようになったのでは、ないだろうか。
「出現!謎の仏像〜美術史の革命・知られざる古代仏登場〜」芸術新潮H3年1月号特集 新潮社刊
「謎の仏像を訪ねる旅〜出現!謎の仏像第2弾〜」芸術新潮H3年2月号特集 新潮社刊
本書は、井上正の説に基づき、これらの奈良時代・開基伝承のある寺々の異形・地方仏の強烈なインパクトを、グラフ写真で紹介。その考え方を解説するとともに、各地の異形・地方仏を巡る旅をガイドする、という内容。
目次のコピーには、こんなフレーズが書かれている。
「時は奈良時代、日本の各地に不思議な木彫仏がおられた・・・・・・美術史上ではまるで無視されてきたこれらの木彫こそ、日本の仏像の原像ではないか。・・・・
神宿る霊木の仏の姿を感得、・・・・・日本独自の木彫佛の発祥と、そこに常につきまとう行基伝承。」
|
楊柳寺・十一面観音立像
|
これらの地方仏が、本当に奈良時代まで遡り得るのかどうかは、さて置くとしても、個々に登場する仏像達には、不思議な魅力と引力がある。
私にとっては、理屈ぬきにその迫力に「強烈な磁気で吸い寄せられてしまう」地方仏たちだ。
先月(平成17年9月)も、東播磨・楊柳寺を訪れ、長年待望だった十一面観音像を拝することが出来たが、その歪んだ造形の像から発する、もの凄い「気」のような迫力・インパクトに、1m余の小像なのに、思わず後ずさりしてしまった。
これらの本に採り上げられている地方仏のなかで、未だ、拝したことがない像がまだまだある。
何とか、これらの地方仏すべてを訪ね拝したい、というのが私の願望である。
井上のアプローチと、似た系譜にある本がある。
「仏像のある風景〜序説・古代美術の構造」田中日佐夫著(H1) 駸々堂刊
本書は、全国各地の古代の名僧の開基説話・伝承とその地に残る仏像をテーマにした本。
開基伝承による地域性に注目、そのテリトリーに現在残っている仏像群のうえに、共通なる造形性を認めることが出来れば、という視点で著されている。
「聖徳太子、役の小角、行基、良弁のテリトリー」、「播磨の法道、福井白山の泰澄、国東の仁聞」、「最澄、空海のテリトリー」などについて、その地に残る仏像とともに地域性などを語っている。
田中は、井上ほどに地方諸仏の制作年代を繰り上げるべきとまでは論じていないが、その年代決定について、
「ただここで一言、これまたあえて言えば、今までの一般的な彫刻の年代決定にあたっては、木彫仏をすべて平安時代に入れ過ぎているのではないかと、私は思っている。年記銘のある古い木彫仏がのちに述べる遠く岩手黒石寺の〈薬師如来像〉(貞観4年=862)だけであることは、十分に考えておく必要があると思う。
いずれにせよ、行基ゆかりの杣村と伝えられる地域に、以上述べたような多様な仏像が、しかも大量に伝えられている事実は、事実として注目すべきである」
との問題提起をしているのは、誠に興味深い。
地方佛の中で、特異な領域を持ち、不思議な鑿痕、縞目が残された仏像に「鉈彫」がある。
「鉈彫」久野健著・田枝幹宏写真(S51) 六興出版刊
鉈彫りは、東国特有に存する地方仏で、その素朴さに魅了される人も多い。
本書は、天台寺・観音像、日向薬師、弘明寺観音などに代表される、鉈彫りの本格的研究書かつ豪華写真集。
全国各地に存する、鉈彫り像の写真が網羅されているほか、久野健の充実した研究論文、解説が掲載されている。
久野は、東国特有の鉈彫り像が、従来、完成作品か未完成途上作品かが議論されてきたが、「これらは完成作品であり、明らかに縞目表現を意識したもの」であることを、論文中で実証している。
なお、鉈彫りについては、最近「鉈彫・荒彫謎の木彫仏―藤森武写真集」(H13)玉川大学出版部刊という本が出ている。〜実見していない〜
天台寺 聖観音立像
その他、地方仏をテーマにした本は以下のとおり。
「仏像の旅」久野健著(S50) 芸艸堂刊
「仏像風土記」久野健著(S54) NHKブックス
この2冊は、久野の地方佛探訪紀行、地方佛研究随筆といった本。
地方の寺々を訪れた時に書きとめた旅行記や、各地方の仏像についてのテーマを絞った研究随筆で構成されている。
昔の地方佛探訪の苦労話や思い出話が、なかなか軽妙な筆遣いで、気楽に語られており、読み物として愉しみながら、地方佛のことを知ることが出来る。
「風土に生きる仏像」永井信一著(H3) 里文出版刊
本書は、美術雑誌「目の眼」に、「美術の周辺」と題し連載された随筆のうち、仏像をテーマにしたものを選んだもの。
地方佛について書かれているのは数編。あとは中国、韓国の仏像などがテーマ。著者は美術史学者だが、気楽に読める随筆。
「地方仏」むしゃこうじ みのる著(S55)法政大学出版局刊
「地方仏U」むしゃこうじ みのる著(H9)法政大学出版局刊
本書は、「ものと人間の文化史」シリーズの中で出版された本。
著者は、和光大学人文学部教授で、研究室の学生とともに全国各地の地方仏を調査した結果の、調査レポート兼探訪記といった本。
本書で採り上げられた地方佛についての、解説レポートとしては参考になる。
「仏像好風」紺野敏文著 (H16) 名著出版刊
著者が、近畿文化会主催の臨地講座のための解説として執筆、機関紙「近畿文化」に掲載された文章35編を、纏めた本。
京都、滋賀、兵庫、三重、岐阜等に所在する仏像のほか、佐渡、対馬壱岐、下野の仏像も採り上げられている。
各地の仏像が、コンパクトで的を得た解説に纏められた本。
「見仏記」「秘見仏記」ほか いとうせいこう・みうらじゅん著(H5〜14)中央公論社刊
この本は、皆さんご存知と思うが、現代感覚・新感覚の面白仏像道中記とでもいった本。
全国各地の仏像を探訪し、現在までシリーズで6冊出ている。
私は、一冊読んでみたが、その後の続編を、買ってまで読もうとは思わなかった。
「藤森武写真集 隠れた仏たち〜華の仏・里の仏・神と仏・海の仏・山の仏〜」全5冊(H9〜10)東京美術刊
いわゆる地方佛の写真集だが、掲載仏像は網羅的に選ばれているのではなく、著者・藤森武の好みや、地方仏観が濃厚に反映された、ややオタクっぽい写真集。
仏像の選別は、結構ぼくの趣味に合っていて、私好みの写真集。
月輪寺、浮嶽神社、慈恩寺、孝恩寺、古保利薬師堂、慈光円福院、観菩提寺、楊柳寺などが主だった寺に選ばれているのが、なかなか渋い。
写真もシャープで美しい。
孝恩寺・跋難陀竜王立像 慈光円福院・十一面観音立像
地方佛についての思い出話などが、随分長くなってしまった。
そろそろ、総論的話はこれくらいにして、次回からは、地方仏行脚、探訪に役立つ本、ガイド検索本などを、全国各地、地方別に、紹介して行くこととしたい。
-了-
参 考
第九話 地方佛〜その魅力にふれる本〜
《その1》心惹かれる地方佛の世界〜関連本リスト〜
書名
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著者名
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出版社
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発行年
|
定価(円)
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生きている仏像たち〜日本彫刻風土論〜
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丸山尚一
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読売新聞社
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S45
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850
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日本古寺巡礼(上・下)
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佐藤昭夫・永井信一・水野敬三郎
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社会思想社教養文庫
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S40
|
640
|
続 日本の彫刻 東北―九州
|
久野健
田枝幹宏写真
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美術出版社
|
S40
|
3800
|
関東彫刻の研究
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久野健他
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学生社
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S39
|
8000
|
東北古代彫刻史の研究
|
久野健
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中央公論美術出版
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S46
|
7000
|
古美術ガイド 仏像
|
久野健編
|
美術出版社
|
S49
|
1800
|
平安初期彫刻史の研究
|
久野健
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吉川弘文館
|
S49
|
43000
|
仏像の旅
|
久野健
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芸艸堂
|
S50
|
1500
|
鉈彫
|
久野健
田枝幹宏写真
|
六興出版
|
S51
|
38000
|
関東古寺の仏像
|
久野健監修
|
芸艸堂
|
S51
|
1300
|
仏像風土記
|
久野健
|
NHKブックス
|
S54
|
850
|
仏像鑑賞の旅
|
久野健編
|
里文出版
|
S56
|
2000
|
秘められた百寺百仏の旅
|
久野健監修
|
里文出版
|
S59
|
1800
|
日本仏像名宝辞典
|
久野健編
|
東京堂出版
|
S59
|
9800
|
仏像巡礼事典
|
久野健編
|
山川出版社
|
S61
|
1700
|
日曜関東古寺めぐり
|
久野健
|
新潮社とんぼの本
|
H5
|
1400
|
仏像集成 全8巻
|
久野健編
|
学生社
|
S60〜H9
|
208950
|
地方仏
|
丸山尚一
|
鹿島出版会
|
S49
|
1200
|
円空風土記
|
丸山尚一
|
読売新聞社
|
S49
|
3000
|
秘仏の旅 上・下
|
丸山尚一
|
東京新聞出版局
|
S58
|
3600
|
旅の仏たち 1〜4
|
丸山尚一
|
毎日新聞社
|
S62
|
7200
|
十一面観音の旅
|
丸山尚一
|
新潮社
|
H4
|
2600
|
続十一面観音の旅
|
丸山尚一
|
新潮社
|
H6
|
2800
|
新円空風土記
|
丸山尚一
|
里文出版
|
H6
|
4800
|
地方の佛たち(中部編)
|
丸山尚一
|
中日新聞本社
|
H7
|
2300
|
地方の佛たち 近江・若狭・越前編
|
丸山尚一
|
中日新聞本社
|
H8
|
2300
|
地方の佛たち 近畿編
|
丸山尚一
|
中日新聞本社
|
H9
|
2300
|
東日本 わが心の木彫仏
|
丸山尚一
|
東京新聞出版局
|
H10
|
1800
|
地方仏を歩く 1〜4
|
丸山尚一
|
NHK出版
|
H16
|
7400
|
古佛〜彫像のイコノロジー〜
|
井上正
|
法蔵館
|
S61
|
7800
|
出現!謎の仏像〜美術史の革命・知られざる古代仏登場〜
|
芸術新潮H3年1月号
|
新潮社
|
H3
|
1300
|
謎の仏像を訪ねる旅〜出現!謎の仏像第2弾〜
|
芸術新潮H3年2月号特集
|
新潮社
|
H3
|
1300
|
仏像のある風景〜序説・古代美術の構造〜
|
田中日佐夫
|
駸々堂
|
H1
|
2800
|
風土に生きる仏像
|
永井信一
|
里文出版
|
H3
|
2000
|
地方仏
|
むしゃこうじ みのる
|
法政大学出版局
|
S55
|
1500
|
地方仏
|
むしゃこうじ みのる
|
法政大学出版局
|
H9
|
2400
|
仏像好風
|
紺野敏文
|
名著出版
|
H16
|
2200
|
見仏記
|
いとうせいこう
みうらじゅん
|
中央公論社
|
H5
|
1400
|
秘 見仏記
|
いとうせいこう
みうらじゅん
|
中央公論社
|
H7
|
1500
|
藤森武写真集 隠れた仏たち〜華の仏・里の仏・神と仏・海の仏・山の仏〜
|
藤森武・写真
田中恵・文
|
東京美術
|
H9〜10
|
7500
|
|