主人公浅見光彦は、「奈良の宿・日吉館がなくなってしなう」という記事の取材で奈良を訪れる。
その時、浄瑠璃寺近くの谷で若い女性の死体が見つかる。
浅見はこの事件に巻き込まれて、美術全集の編集で奈良を訪れていた女性(阿部美果)と出会い、二人でこの事件の真相に迫っていく。
阿部美果が「香薬師を見せてやろう」と云う男に連れ去られそうになる出来事もあり、浅見は、この殺人事件に昔の「香薬師盗難事件」が絡んでいると推理する。
関係者にひたひたと迫っていった処、「香薬師盗難の真実」が打ち明けられる。
その話はこのようなものであった。
太平洋戦争のさなかの昭和18年、学徒動員をひかえた学生の5人友達は、若き日の思い出にと奈良を訪ね、日吉館に泊まる。
そして、彼らは、何とあこがれの香薬師像を盗み出す。
深夜に新薬師寺に忍び込み、鍵のかかった扉の枠全体を、釘をゆるめて外して、盗み出したのであった。
首謀者は、現在、大手商社の社長の地位にある男(橋口)で、橋口は香薬師像に惑溺していた。
戦後、数十年経ち、高い社会的地位を得た橋口は、秋篠寺の近くに別荘をもっており、そこに香薬師像を隠し持っていた。
香薬師像盗み出しに、共に手を染めた学友を戦後に殺して、自らのものにしたものであった。
橋口の香薬師への惑溺は、異常偏愛性格的なものがあり、その顔に似た容貌の若い女性を偏愛する癖をもっていた。
殺された女性はそうした容貌で、橋口の愛人となっていたが、これをとがめた橋口の娘が、別荘で愛人の女性を誤って殺してしまう。
この殺人を隠ぺいするために、死体を浄瑠璃寺近くの谷に捨て、様々なアリバイトリックを用いて、犯罪を隠そうとしていたのであった。
この事件を嗅ぎ付けた社内の橋口反対派や、総会屋などが絡んで登場するなど、いつもながらのサスペンス&ミステリーの展開となっている。