埃まみれの書棚から〜古寺、古佛の本〜(第十七回)

  第五話 近代日本の仏教美術のコレクターたちの本《その2》(5/5)

《その2》  我が国のコレクターたちをたどって

 

 3.個人所蔵コレクションを紹介する本

 展覧会へ出かけると、作品説明のプレートに「個人蔵」と書かれたものに時々出くわす。
そんなに勿体つけずに、誰の持ち物か書いてくれればよいのにと、何時も思ってしまう。いろいろと、所蔵者の事情があるのだろうが、これが慣例となっているようだ。
多くの個人コレクションは、その後個人美術館所蔵となり、所有者が明示されるようになったが、まだまだ「個人蔵」の仏像仏画で、普段我々が眼にすることのないものが数多くあるようだ。

 なかなかその実態がはっきりしない「個人蔵」仏教美術コレクションだが、その一部が紹介された本を2冊採り上げたい。

 「諸家愛蔵日本仏教美術秘宝」望月信成編(S48)三彩社刊

 編者、望月信成は、本文中「比較的世間から隠れていた名品佳作を選び集めて上梓し、『多くの好事家と共に若い人たちの鑑賞眼を向上させて悦びを分かち合いたい。・・・』・・・そのために多大な犠牲を払って本書を刊行することとなったのである」と記している。
全て個人蔵の仏画仏像100点の図版に、一流の美術史学者10人余りが解説執筆している。
仏像愛好家にとっては貴重な出版物。

 「拈華微笑〜仏教美術の魅力〜」田邊三郎助解説(H12)ロンドンギャラリー刊

 平成12年大倉集古館で開催された、個人所蔵の仏像等を中心とした特別展の図録。
 個人蔵の仏像仏画百五十点余が展示された。
 その昔、南都の大寺から流出し、今は個人蔵となっている仏像、
 〈法隆寺金堂天蓋飛天像(飛鳥時代)、菅原大三郎修復による興福寺十大弟子中の1体、唐招提寺盧舎那仏像光背化仏2体、興福寺千体佛〉なども出展され、誠に興味深い展覧会であった。

 さて、蛇足つけたりということになりそうだが、最後に、個人の仏像コレクター、所蔵家が書き綴った本をいくつか紹介して、締めくくりということにしたい。

 「骨董遍歴」久志卓真著(S38)昭森社刊

 その名のとおり、自らの骨董蒐集遍歴を日誌風に綴った本。小金銅仏、中国石仏などの蒐集にも熱心であったようで、冒頭の蒐集品図版解説にも、多くの仏像が掲載されている。
陶磁器の蒐集の方が主であったようだが、本文中にも小金銅仏入手譚などが折々語られる。
 肩のこらない、蒐集随筆。
 久志卓真は、元々新進のヴァイオリニスト・作曲家であったのが、後に中国、朝鮮中心の陶磁器研究評論家になった人、十数冊の著作がある。

 仏像に関するものでは、

 「仏教美術の鑑賞」久志卓真著(S22)太和堂刊

 仏像の時代別鑑賞解説のほか、『仏教美術の蒐集』『偽物倣造品』といった章が設けられ、流石にコレクターの著作。

 『古美術欺され奇譚』細見良 「欺し欺され〜美の真贋〜」陳舜臣編(S59)日本経済新聞社刊所収

 平成6年開館した京都・細見美術館の所蔵品を蒐集した、故古香庵・細見良の随筆。
細見自身が体験した、偽物をつかまされた欺され話や、真贋見分け話などが、コメディータッチで実に面白く綴られている。小文だが、読んで損はない。
 細見は、毛織物製造で一代で財をなした実業家。古美術コレクションでは仏教美術蒐集に熱心で、原三渓旧蔵・重文愛染明王画像(藤原)、伝香寺伝来・重文木造聖観音像(平安)をはじめ、多くの仏像を蒐集。
 現在館蔵品は千余点、重文三十数件。

 ここから三冊は、一躯の個人所蔵の仏像を、解説説明するため出版された本の紹介。
 余り出回っている本ではないので、敢えてここで紹介しておきたい。
やはり、個人でこれという仏像を所蔵していると、一書にして世に顕かにしたくなるものなのかもしれない。

 「国宝銭春荘 阿弥陀如来の研究」銭春荘主人 八橋徳次郎著(S8)岡書院刊
 この像は大治5年(1130)像内墨書名ある、重要文化財・木造坐像。
 著者は自序に「昭和2年の夏、大治5年在銘の等身大木彫阿弥陀如来坐像が、私の仏像コレクションの一躯となった。・・・・・昭和6年12月14日、文部省は、本像を(旧)国宝に指定した。銭春荘のコレクションには春風春水一時に至り、百花は繚爛ときそひ、咲き、私の歓喜、この上もない。」と自慢気に記している。
 150頁余の本で、全篇本像の彫刻的、美術史的価値とその解説を自ら綴っている。
 この八木徳次郎という人物、調べてみたがよく判らなかった。
 本像は、現在、住友吉左衛門所蔵となっている。(毎日新聞社「重要文化財」による)

 「阿弥陀如来立像〜TheWoodenStatue of AmitabhaTathagata〜」止観道人著(S27)私家版

 著者、止観道人がどんな人か皆目わからない。
(本HPをご覧いただいた方から、 止観道人とは「諦観楼 止観道人 堀口蘇山」のこととのご教示をいただきました。
堀口蘇山とは、昭和前半期の古美術研究家で、美術雑誌「芸苑巡礼」を刊行するほか 、「関東の裸形像 」 「弘明寺十一面観世音菩薩像 」(共に芸苑巡礼社刊)などの著作で知られています。 〜2018.08〜)

  文中、「当像の由来」によると、本像は当時奈良博の小林剛の発見で、国宝会議に提出すべく奈良博内に保管していた処、空襲が始まり所蔵の寺の本堂も焼失、終戦後、寺側が本堂再建のため嫁入りさせることとし、小林の口添えで著者の所有になったという。
 25ページほどの冊子本、90部上梓したと記されている。
 快慶様の流れを引く鎌倉・阿弥陀立像。

 「飛騨のみほとけ〜(伝)東光寺跡出土誕生仏〜」(H11)清水商事株式会社刊

 高山市にある、天平の金銅誕生仏について記した本。
 この誕生仏は、その昔明治23年頃、本書刊行者・清水商事社長の祖母が、畑を耕している最中、偶然にも掘り当てたものだそうである。平成10年、奈良在住の研究者が古代仏であることを見出し、同11年、高山市文化財に指定された。
 井上正が本像の解説文を掲載している。

 

 長々と綴ってきたが、随分とりとめのない話になってしまった。
 この辺りで「仏教美術のコレクターたち」についての本の話、幕を閉じたい。

 古美術の蒐集、コレクションというものは、やはり事業に成功するなど、金がないと到底無理だなとつくづく思い知らされる。
 人間、ゆとりが出来ると、美術文化といったことへの興味関心が湧いてくるようだ。
 一方、美術品の所有欲、蒐集への執念が呼び覚まされ、あくなき執着といった域まで行ってしまうようで、人間の欲望というものは果てしなきものよと、今更ながらに感心してしまう。

 いずれにせよ、こうしたコレクター達の手によって、貴重な我が国古美術品、仏画仏像などが守られ、そのコレクションを保存する美術館が創られたりしている。
 お陰で、今、我々が美術館などでじっくり鑑賞することが出来るわけで、これらの先人達に感謝しつつ「我が国コレクター達をたどる」話を終えることとしたい。


参 考

我が国のコレクター達をたどって〜関連本リスト〜

書名

著者名

出版社

発行年

定価(円)

大茶人益田鈍翁
『鈍翁と古美術保護』

やきもの趣味編集部 正木直彦

学芸書院

S14

3.60

近代数寄者太平記

原田伴彦

淡交社

S46

850

美術話題史〜近代の数寄者たち〜

松田延夫

読売新聞社

S61

3000

益田鈍翁をめぐる9人の数寄者たち

松田延夫

里文出版

H14

2800

秘宝三十六歌仙の流転

NHK取材班・馬場あき子

日本放送出版協会刊

S59

1800

絵巻切断

NHK取材班

美術公論社

S59

1300

〜益田鈍翁の美の世界〜鈍翁の眼

五島美術館

H10

2000

自叙益田孝翁伝

長井実編

中公文庫
元版

S64
S14

620

鈍翁・益田孝(上・下)

白崎秀雄

新潮社

S56

2000

大茶人益田鈍翁

やきもの趣味編集部編纂

学芸書院

S14

3.60

益田鈍翁風流記事

筒井紘一・柴田桂作・鈴木皓詞

淡交社

H4

2800

三渓 原富太郎

白崎秀雄

新潮社

S63

1400

〜近代日本画を育てた豪商〜原三渓

竹田道太郎

有隣堂

S52

680

原三渓物語

新井恵美子

神奈川新聞社

H15

1500

芸術のパトロン
『原三渓』

矢代幸雄

新潮社

S33

500

私の美術遍歴
『三渓先生と三渓園グループ』
『大和文華館の設立

矢代幸雄

岩波書店

S47

2000

忘れえぬ人々
『三渓先生の古美術手記』

矢代幸雄

岩波書店

S59

3000

耳庵 松永安左ェ門(上・下)

白崎秀雄

新潮社

H2

3200

芸術新潮H14年2月号特
『最後の大茶人・松永耳庵荒ぶる侘び』

新潮社

H14

1400

松永耳庵コレクション展図録

福岡市美術館

H13

2500

上野理一傳

朝日新聞社史編集室編

朝日新聞社

S34

非売品

大蔵喜八郎の豪快なる生涯

砂川幸雄

草思社

H8

2000

古仏象の蒐集と鑑定

松田福一郎

東亜堂

T10

5.00

実験仏教芸術の鑑賞

松田福一郎

不空庵出版部・日本国宝全集刊行会

S3

8.00

古美術街道〜歩み方集め方〜

松田福一郎

東京書房

S39

950

近代の数寄者(淡交別冊)

淡交社

H10

1600

101人の古美術(別冊太陽100号)

青柳恵介構成・文

平凡社

H10

2680

数寄者を訪ねる

青柳恵介

双葉社

H9

1600

近世道具移動史

箒庵・高橋義男

有明書房
元版慶文堂

H2復刻(S4)

18000

骨董太平記(上中下)

渡邊源三

太陽出版社

S6

10.00

骨董価値考〜大名・旧財閥の売立に見る〜

光芸出版編集部編

光芸出版

S54

2500

書画骨董回顧五十年

斎藤利助

四季社

S32

500

東京美術市場史

東美研究所編

東京美術倶楽部

S54

50000

美術品移動史〜近代日本のコレクターたち〜

田中日佐夫

日本経済新聞社

S58

4800

諸家愛蔵日本仏教美術秘宝

望月信成編

三彩社

S48

15000

拈華微笑−仏教美術の魅力−

田邊三郎助解説

ロンドンギャラリー

H12

2000

骨董遍歴

久志卓真

昭森社

S38

2500

仏教美術の鑑賞

久志卓真

太和堂

S22

200

欺し欺され〜美の真贋〜
『古美術欺され奇譚』

陳舜臣編
細見良

日本経済新聞社

S59

1400

国宝銭春荘 阿弥陀如来の研究

銭春荘主人
八橋徳次郎

岡書院

S8

1.20

阿弥陀如来立像〜TheWoodenStatueofAmitabhaTathagata

止観道人

私家版

S27

非売品

飛騨のみほとけ〜(伝)東光寺跡出土誕生仏〜

清水商事株式会社

H11

非売品

      

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