埃 まみれの書棚から〜古寺、古佛の本〜(第百四十七回)

   第二十五話 近代奈良と古寺・古文化をめぐる話 思いつくまま

〈その2>二人の県令、
四条隆平・税所篤〜廃仏知事と好古マニア




【目次】


はじめに

1.奈良県の始まりを辿って

2.奈良の廃仏毀釈と県令・四条隆平

(1)神仏分離と廃仏毀釈
(2)興福寺の荒廃と、四条県令の廃仏政策
(3)廃仏毀釈で消えた奈良の寺々

3.奈良県の誕生、県令・四条隆平、廃仏毀釈についての本

・奈良県誕生の歴史についての本
・県令・四条隆平、興福寺の廃仏毀釈についての本
・明治の神仏分離・廃仏毀釈、奈良の寺々の有様についての本

4.税所篤(さいしょあつし)と、行過ぎた好古癖

(1)税所の好古蒐集と蒐集姿勢への批判
(2)大山古墳〜仁徳天皇陵〜の石室発掘疑惑
(3)小説・ミステリーに登場する税所篤

5.税所コレクションと仁徳陵発掘疑惑についての本

おわりに




(3)小説・ミステリーに登場する税所篤

小説、ミステリーの世界にも、税所篤という特異な人物が採り上げられている。
五木寛之の小説「風の王国」
北森鴻のミステリー「狐闇」
この二つの作品に、登場するのだ。

興味のある方々には、それぞれの作品をしっかり読んでもらうことにして、ここではどんな形で税所篤という人物が登場するのかを、簡単に紹介しておこう。

まずは、大御所・五木寛之の小説。

「風の王国」 五木寛之著 (S60) 新潮社刊 【415P】 1300円

「闇にねむる仁徳陵へ密やかに寄りつどう異形の遍路たち。そして、霧にけむる二上山を疾風のように駆けぬける謎の女…。脈々と世を忍びつづけた風の一族 は、何ゆえに姿を現したのか?
出生にまつわる謎を追う速見卓の前に、暴かれていく現代国家の暗部。彼が行く手に視るものは 異族の幻影か、禁断の神話か…。現代の語り部が放つ戦慄のロマン。」

ネットの【Amazon】には、このような本書紹介リードが付されている。
 
漂泊と流浪の民であるサンカの根源と、脈々と現代まで連なるその一族の結束と確執を題材としたロマンチックサスペンスだ。
読み始めると、惹きこまれるように読ませるで、私も一気に読み終えた記憶が残っている。

このなかに、「堺県令・斎所厚」が、次のようなストーリーのなかで登場する。
税所篤をモデルにしていることは明らかだ。

明治初期、奈良県の堺県への吸収を機に、堺県令・斎所厚は、竹内街道の大開鑿工事に着手する。
竹内街道は、河内・大和を結ぶ重要ルートながら、険しくすぐがけ崩れなどが起こる難所であった。
その労働力を徴発確保する為に「サンカ狩り(ケンシ狩り)」を行なう。
この物語の主人公である、葛城山系に住んでいた「箕作り」の一族たちも、この「ケンシ狩り」によって、一族の大多数が徴用・酷使され死に至る。
そして、仁徳陵の盗掘とおぼしき作業にも少人数が狩り出され、口封じに殺される。
遺された一族は、この地を脱出し、その末裔が現代に至って結束固く隠れた勢力を持つに至るが、確執も起こり・・・・・・・・・・・。

このなかでは、堺県令・斎所厚は権勢を笠に着て、強引に何でもやる悪役的人物に描かれている。
仁徳陵発掘疑惑の話や、文芸春秋掲載「柳田国男・尾佐竹猛座談会」の記事なども詳しく書かれており、
斎所厚という人物について、文中登場人物に、

「さて密告者をつかって小川一敏をおとしいれ、狙いどおり堺県令となった斎所は、そののち一種独特の出世技術をあみだして、権力の座を登ってゆく。
やがて夢に見た華族に列せられ子爵を授けられたあと、明治23年には帝室宝器主管となり、さらに正倉院御物整理掛として奈良の文化財を整理する役についた。
猫に鰹節とは、このことかのう。ふっふっふっ」

と、語らせている。


「狐闇」 北森鴻著 (H14) 講談社刊 【418P】 1900円

「狐闇」は、旗師といわれる店舗を持たない古美術・骨董商、宇佐見陶子を主人公にした、古美術ミステリーシリーズの一作。
北森鴻は、古美術、骨董、民俗学などの題材を得意とするミステリー作家。
私は、北森のミステリーの大の愛読者で、随分沢山の作品を楽しく読ませてもらったが、昨年(H22)1月に48歳で早逝した。
誠に残念。

ミステリー「狐闇」のストーリーは、このようなものだ。

「主人公、宇佐美陶子は「冬孤堂」と呼ばれる骨董業者。
陶子は、ある業者市で2枚の青銅鏡を落札する。
しかし、届けられたものの1枚は、市で落札したものとは全く違う、謎の『三角縁神獣鏡』だった。
この『三角縁神獣鏡』をめぐって、いろいろな怪事件が起きる。
陶子が、贋作づくりの疑いをかけられ骨董業者の免許である「鑑札」を剥奪されてしまったり、鏡に関わった2名が謎の死をとげてしまったりするのだ。
陶子は、自分を陥れた何かに立ち向かう決心をする。
ここで、浮かび上がってくるのが、明治初期の堺県令・税所篤の姿。
謎の鏡と税所との係わり合い、因縁を追い求めていくなかで、税所の古美術・好古蒐集や税所コレクションの行方の話、仁徳陵石室発掘疑惑の話などが、語られていく。
仁徳陵石室前で撮られた税所の姿の写真が登場したり、税所コレクションの現在の隠し場所を探るといった展開をする。
陶子は、友人の硝子や、民俗学者の蓮杖、骨董業者の雅蘭堂たちの大きな協力を得て、 税所コレクションと、自分を陥れようとする者たちの目的を暴いていく。」

このミステリーでは、舞台回しの「倣製三角縁神獣鏡」と仁徳陵石室発掘の関わり合いの謎、税所コレクションの行方といったことが主題となってストーリーが進んでいく。
全篇に税所篤にまつわる話が、盛りだくさんに散りばめられ、詳しく語られている。
気楽にミステリーを愉しみながら、税所篤という人物を知ることができる格好の本。

ただ当然、ミステリー仕立てのフィクションであるので、作り話とおもわれる話も多く登場する。
仁徳陵の石室の前で撮影された、税所篤と関係者数人の写真の存在とか、
岡山市弓削地区の山林の中の石室に、現代まで秘蔵された税所コレクションとか、
といったつくり話も登場するので、総べて史実を踏まえていると信用するわけには行かない。

ひとつ面白いのは、税所の所業と人物像について、世に云われる権勢を笠に着たコレクトマニアといった糾弾的な見方ではなく、見識ある一面や行動をもった人物といった視点で語っている点だ。

登場人物に、税所の行動について、このように語らせている。

「そのような人物が、畏れ多くも天皇家の陵墓を盗掘同然に暴いたりするものなのでしょうか」
「そこには大きな誤解があるのではないでしょうか。
彼が貪欲に古美術品を集めたのは事実です。また寺院の貴重な宝物を詐欺同然に取り上げたこともあったでしょう。
けれども考えてみてください。廃仏毀釈という津波が全国に広がった当時、仏具、経典、寺院そのものでさえも次々と破壊されて行きました。
あの時代に貴重な遺物を守る為には、ああするより他なかったのではないでしょうか。」

自分の骨董趣味の為に皇室の陵墓を暴くことさえいとわなかった不敬・不遜の男。
だが、その事実は、日本から失われていく伝統美術品を、一心で守ろうとした男。・・・・・・・・・・
それが税所篤という人物の真の姿でなかったか。

ちょっと、税所の方の肩を持ちすぎではないかと思うのだが、何事もいろいろな見方が可能だし、一面的な決め付けは危険だな。
ちょっと、そんな思いもよぎる。

堺県令・税所篤という人物とその所業は、こうして小説やサスペンスの題材に採り込まれるほどに、明治時代の考古や古美術の世界を振り返るとき、際立って特異で興味深いものであったといって良いのであろう。



5. 税所コレクションと仁徳陵発掘疑惑についての本


県令税所篤について採り上げた本の紹介に入ろう。
先に「廃仏毀釈」のところでも、税所篤について採り上げられているものについては、紹介しておいた。
この本についても、既に紹介済みだが、税所コレクションについて詳しく知ることが出来るものなので、再度ここで採り上げておきたい。


「文化財の社会史」 森本和男著 (H22) 彩流社刊 【791P】 8000円

本書には、「宝物コレクターの社会層」という章立てがあり、東京国立博物館に残されていた明治21年当時作成の宝物の個人コレクション目録に基づいた、各地の個人コレクター上位ランキングが掲載されている。
京都、大阪、奈良、東京の個人宝物コレクターランキング表が作成されており、奈良では税所篤がダントツのNO1にランキングされている。
このことは、本文でも一表にして紹介したとおり。
奈良県のトップコレクター、税所篤については、その経歴、所蔵宝物や蒐集姿勢のほか、仁徳陵発掘疑惑などの所業についても語られている。
誠に興味深い史料で、明治期の古美術コレクターに関心のある私には、誠に嬉しい史料となっている。


「墓盗人と贋物づくり」 玉利勲著 (H4) 平凡社刊 【293P】 2300円

発刊当時、題名に惹かれてこの本を買ってみた。
少々キワモノ的な内容の本かな?いい加減で信用できないような特ダネ的なことが書かれているのではないか?と思って、この本を買ってみたのだが、全くの間違いであった。
大変、優れた内容の、興味深い本。
「日本考古学外史」という副題がついている。
「古代からつづく遺跡の破壊、古墳の盗掘、そして贋物づくりなど、日本考古学の歴史に埋もれたさまざまな事件の顛末を丹念な取材のもとに紹介」
というキャプションが付されている。
採り上げられているテーマは、きっちりとした事実や研究史を踏まえた、専門レベルの解説、読み物になっていて、大変読み応えがあり、興味深い内容になっている。

「堺県令税所篤の発掘」という章立てがあり、税所篤の古墳発掘と考古遺物蒐集について、47ページにも亘って綿密に記されている。
なかでも、大山古墳(仁徳天皇陵)の石室の発掘と考古遺物の流出については、詳細にそのいきさつと研究史の変遷までが語られている。
県令・税所篤が発掘に如何にかかわったかとか、税所の人物評についても踏み込んで書かれている。
税所篤の古墳発掘疑惑について、現在判明している全貌を知ることが出来る貴重な本。
本稿も、この本の記述をベースに書かせてもらった。


「古墳文化小考」 森浩一著 (S49) 三省堂新書 【184P】 380円
「巨大古墳の世紀」 森浩一著 (S56) 岩波新書 【234P】 380円
「巨大古墳〜治水王と天皇陵」 森浩一著 (H12) 講談社学芸文庫【254P】 800円

  

三冊ともに、仁徳陵の石室発掘は、台風による土砂崩落による石室露出によるものではなく、税所篤による計画的、意図的な発掘であったという、森浩一の所論が掲載されている本。

「古墳文化小考」には、森が「税所の計画的発掘」を始めて指摘した論考、「仁徳陵古墳前方部石室の一史料」(大阪府の歴史4・S48年)が収録されている。
「巨大古墳の世紀」「巨大古墳」の両書ともに、「大山古墳を考える〜長持形石棺をめぐる謎」という項立てが設けられ、それぞれ発掘の経緯、所論が詳しく記されている。



おわりに

二人の県令、四条隆平と税所篤。

ともに、明治の時代に、県令という権勢を笠に着て、文化財の破壊や強引な蒐集という所業を行なった人物。
現在の価値観では「悪名高い所業」ということになるのであろう。
しかし当時は、本人たちもそれほど強引で理不尽なことを強行しているという意識はなかったのではないだろうか。
また、世間の人々も、文化財についての関心や価値観も希薄で、「文化財が破壊される」「文化財の盗掘まがいのことが行なわれている」といったような厳しい糾弾意識もなかったのではないだろうか。
「絶大な力を持つ県令様のやられること」と、意外とすんなり受け入れていた。
そんな気もしてくる。

この二人の特異な県令の所業をたどることによって、私にとっては、明治初期の廃仏毀釈や古物蒐集、古墳の考古遺物の好古発掘など、興味深い様々なことを知り、考えさせてくれることになった。






 参  考
  第 二十五話近代奈良と古寺・古文化をめぐる話 思いつくまま
 〈その2〉 二人の県令、四条隆平・税所篤

〜関連本リスト〜

書名
著者名
出版社
発行年
定価(円)
青山四方のめぐれる国〜奈良県誕生物語 奈良県

S62

奈良県の百年
鈴木良他5名共著
山川出版社
S60
1900
大和百年の歩み〜政経編〜

大和タイムス社
S45
4000
奈良百年
松村英男編
毎日新聞社
S43
500
興福寺〜美術史研究のあゆみ〜
大橋一章・片岡直樹編著
里文出版
H23
2500
追跡!法隆寺の秘宝
高田良信・堀田謹吾
徳間書店
H2
1800
文化財の社会史
森本和男
彩流社
H22
8000
奈良興福寺〜あゆみ・おしえ・ほとけ〜
多岐川俊映
小学館
H2
1800
興福寺のすべて〜歴史・教え・美術
多岐川俊映・金子啓明監修
小学館
H16
1800
大茶人益田鈍翁
やきもの趣味編集部編
学芸書院
S14
3.6
日本文化史 第7巻明治時代
辻善之助
春秋社
S45
1000
神仏分離の動乱
臼井史朗
思文閣出版
H16
2300
特集 廃仏毀釈の行方〜芸術新潮1973年3月号

新潮社
S48
480
大和百年の歩み(文化編)

大和タイムス社
S46
4000
回顧七十年
正木直彦
学校美術協会出版部
S12
2.5
大和古物拾遺
岡本彰男
ぺりかん社
H22
3000
内山永久寺の歴史と美術
東京国立博物館編

H6
22660
大聖不動明王尊像并聖八大童子像

芸苑巡礼社
S29

風の王国
五木寛之
新潮社
S60
1300
狐闇
北森鴻
講談社
H14
1900
墓盗人と贋物づくり
玉利勲
平凡社
H14
2300
古墳文化小考
森浩一
三省堂新書
S49
380
巨大古墳の世紀
森浩一
岩波新書
S56
380
巨大古墳〜治水王と天皇陵
森浩一
講談社学芸文庫
H12
800



 


       

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