埃 まみれの書棚から〜古寺、古佛の本〜(第百七回)

  第二十一話 仏像を科学する本、技法についての本
  〈その4〉  仏像の素材と技法〜木で造られた仏像編〈㈵〉〜

 【21−1】

1.木の文化と木彫仏の魅力

 【日本人と木の文化】
 「はい、中トロお待ち」
 ヒノキの白木の一枚板のカウンター。
 職人気質の板前さんの手がすっと伸びて、活きのいいネタのニギリが置かれる。
 やはり、美味い握りずしは、ヒノキの白木のカウンターで食べるに限る。
 油染みひとつなく、きれいに磨き上げられ、手入れの行き届いた白木の一枚板。
 清らかで、木肌の温かみを感じさせる白木にのせられた寿司は、もうその姿だけで美味いと感じさせる。
 美味とは「眼」で感じて、「舌」で納得するもの。
 白木の木肌は、日本人の美的感性や好みに一番マッチしているのかもしれない。

 磨き上げられた北山杉の床柱。
 節目のない見事な磨き丸太は、植え付けから30〜40年、折々の枝打ちなど丹精込めたメンテナンスの賜物だそうだ。
 数奇屋建築には欠かせないものだが、磨き丸太の白木の光沢や絞り模様が、日本人の「美の感性」を刺激する。
 無垢の木肌や、真直ぐな白木に絞りを入れた姿に、凛とした生気や清明さ、ぬくもりといった、なんともいえぬ魅力を漂わせる。

 日本の国は「木の文化」
 西欧の国は「石の文化、金属の文化」
 このようによく言われる。全くそのとおりだ。
 古来、日本人は、木の造型、建築、工芸を、最も愛し、最も親しんできた。
 国土が、よき森林に恵まれてきたことが、そして石材・金属材がさほど豊富でなかったことが、木を用い、木の特性を活かし、木の美しさを愛でる風土、文化 を自ら創り出してきた。
 しかし、日本の「木の文化」は、ただ木材の特性が造作しやすいとか、機能性に富むというだけで、育まれてきたわけではない。
 「木に宿る霊力、白木の清らかさ、木の持つ人肌のぬくもり、木目や木肌の美しさ」
「機能性」より「感性」で木を愛し、木を愛でる。そんな日本人の精神構造、美意識、さらにはまた自然観が、「木の文化」を育んできた。

 木の文化の特質の研究や仏像の用材樹種の研究で名高い小原二郎は、木を愛する日本人の感性や特質についてこのように述べている。

  「日本人は木の中に生きてきた民族である。それは北から南へ細長くつながる国土が、豊富な緑に恵まれていたためであった。・・・・・・『和名抄』には『木 霊』あるいは『木魂』という言葉が出てくるが、それは樹木に精霊が宿っているという意味で、木は神が天から降りてくる『よりしろ』だったのである。
 このような樹木を信仰の対象とする受け取り方は、木が伐られて材木になったのちも引きつがれる。『お札様』というのはその代表的なもので、あの白木の肌 に精霊を感じているのである。」

 「お菓子の折箱を前にするたびに思うことだが、ヨウカンをスギの箱に入れると、一段とおいしく感ずるのは 不思議である。プラスチックとチョコレートとはしっくりするが、ヨウカンはどうも肌が合わないらしい。・・・・・・
  建物をつくるとき、設計者はたいへんこまかい神経を使って材料を選ぶ。・・・・・ところが、いったん建物ができあがると、正面の入口には、ヒノキの一枚板 を削って、墨太に『○○省』などと書いた看板をかける。一雨降ればすぐに汚れることはわかっているのに、白木の汚れは一向に気にならない。むしろそれに よって、風格がつくという日本的な安心感が得られるらしい。これも木肌のもつ神秘性であろう。・・・・・
 風呂についても同じことがいえる。白木の風呂は衛生的にはポリバスに劣り、値段もずっと高いのに、なんと なくヒノキの香りが忘れられないのである。古里を思い出させるにおいだからであろう。
 キリのタンスにキリの下駄もまた同じである。・・・・・・・・・・実際のところは、あの温か味のある木肌が、人をひきつける魅力になっていると解釈した ほうが妥当らしい。・・・・・・・
 このように考えてくると、木は実は最も高級な神秘性をもつ材料といってよい。いま見直されようとしている理由はそのためである。
  われわれは木の香も新しい白木の肌を好むだけではない。時が経てばやがて灰色にくすんで来る木肌を、こんどは『さび』といった独特の世界観の対象にして、 別な立場から愛でている。さらにまた、木肌の魅力を生かすわざとセンス、加うるにノミの冴えによって、美意識は一屑高められることになる。
・・・・・・・・日本人の木に対する評価は理性よりも感情が優先するのである。」


 仏像の世界では、どうだろうか。
 言わずもがなではあるが、木彫仏が圧倒的多数を占める。
 仏像の素材には、金銅仏、乾漆仏、塑像、石仏などもあるが、木彫仏の数には到底かなわない。
 重要文化財指定の仏像で見ても、指定彫刻2639件のうち木彫像が2253件を占める(H16年現在)。三十三間堂の千体仏や三尊・四天王・十二神将像 も一件なので、木彫は90%以上になるだろう。
 文化財として遺された彫刻遺品の中で、こんなに木彫の割合が大きいのは、洋の東西を問わず日本だけであるに違いない。
 日本の彫刻史は、すなわち木彫史といっても良い程だ。

 木彫仏のなかで、最も国民的人気を博しているのは、二つの弥勒菩薩像。
 広隆寺宝冠弥勒像と中宮寺弥勒像だ。
 ともに、NHK特集番組「にっぽん 心の仏像100選」の視聴者人気投票仏像ベスト3に入っている。
 広隆寺宝冠弥勒は、シャープに鼻筋の通った瞑想の表情と共に、木の素地の肌をそのままに、木目まで見て取れる「飾らぬ美しさ」が、多くの人々の心を魅了 してやまない。現代人の悩みや苦しみを吸い取ってくれるような哲学的な美しさを感じる人も多い。

 中宮寺弥勒像は、漆黒一色の漆地の肌身で、おだやかでやさしい微笑みを浮かべる姿は、清純無垢な乙女を彷彿させ、まさに尼僧たちが思慕を寄せるにふさわ しい、清楚で美しい仏像だ。

 広隆寺弥勒像の木肌そのままの姿や、中宮寺弥勒像の黒光りのする漆黒一色の姿の、モノトーンの飾らぬ素朴さが、「木の文化」を愛でる日本人の美意識に フィットしているのが、人気の秘密であろう。

 
広隆寺 弥勒菩薩像(元は金色像)       中宮寺 弥勒菩薩像(元は極彩色)

 ところが、良くご存知のとおり、広隆寺宝冠弥勒は、制作当初は乾漆が厚く塗られた、金色の金箔像であった。
 中宮寺弥勒像は、身体は肌色、頭は群青、衣は緑青と朱に載金で彩られていた、ど派手な極彩色の仏像であった。
 もし、この両像が、飛鳥の古の造立当時の姿のままで、現代に遺されていたとしたならば、これだけの国民的人気を博する仏像となっていただろうか?

 「白木の清らかさ、木の持つ人肌のぬくもり、木目や木肌の美しさ」
を愛でる「木の文化」と、異国の仏教文化「金色、極彩色の文化」とは、日本人の美意識の中で、どのように絡み合い、係わり合い、融合していったのであろう か?
興味の尽きないところである。

 木彫の仏像を、見た眼で分けると、金色像、彩色像、素木像(木肌のままの像)に分けることが出来る。
 細かく言えば、それぞれのミックス、折衷という仏像も沢山あるが、大まかにはこんなところであろう。

 それぞれを代表する仏像を、あまた有る仏像の中から、私の好みで三つずつ、思い切った独断と偏見で挙げてみると、次のようなところだろうか?

 金色像では、法隆寺夢殿救世観音像、平等院阿弥陀如来坐像、浄土寺阿弥陀三尊像
 彩色像では、羽賀寺十一面観音像、浄瑠璃寺吉祥天像、東大寺公慶堂地蔵菩薩像
 素木像では、神護寺薬師如来像、新薬師寺薬師如来像、渡岸寺十一面観音像

  
 法隆寺 救世観音像      平等院 阿弥陀如来像      浄土寺 阿弥陀三尊像

  
 羽賀寺 十一面観音像      浄瑠璃寺 吉祥天像      東大寺公慶堂 地蔵菩薩像

  
 神護寺 薬師如来像      新薬師寺 薬師如来像      渡岸寺 十一面観音像



       

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