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秘仏を拝む話




色鮮やかさに息を呑む〜秘仏「執金剛神像」〜


12月16日、良弁忌。

この日は、年に一日限り、東大寺三月堂の秘仏「国宝執金剛神像」がご開帳される日である。
早朝の奈良は、凍てつくような底冷えで芯まで体が冷える。大仏殿の手前を右に折れ、白い息を弾ませながら杉の大木と馬酔木にかこまれた坂道を往くと、三月堂の屋根が見えてくる。

 

三月堂への坂道


 

執金剛神像ご開帳に訪れた人々(三月堂入口)


お堂に入ると、日光・月光菩薩像など誰もが教科書で見慣れた天平彫刻の名品が立ち並んでいる。
その内陣の真裏に回ると、この日に限り黒塗りの厨子が開かれ、お目当ての秘仏「執金剛神像」の姿を拝することができる。

 

開扉された三月堂内北面の厨子内の執金剛神像


この執金剛神像は、東大寺の創立に功績のあった良弁の念持仏と伝えられ、室町時代の記録に「御代に一度の外はご開帳なし」とあるように、長らく秘仏として守られてきた。

思わず、あっと息を呑む美しさだ。
大きく口を開け、激しい怒りを表す等身大の像で、朱・緑青・金色などの極彩色の文様が、今もなお鮮やかに残されている。

 

極彩色の鮮やかな文様が遺る執金剛神像


はじめてこの像を拝したとき、私は、やっとこの「天平の秘仏」を眼の当たりに拝しえた感動と喜びで、しんしんと冷え込む寒さも忘れ、その色鮮やかな美しさと鬼気迫る迫力に、ひたすら魅入られてしまった。



マル秘こそ霊力〜秘仏だからこそ見たくなる〜


「ご本尊は秘仏で拝することは叶いません。33年に一度のご開帳です」

奈良や京都の古寺を訪れると、このように言われることがある。

「秘仏」といわれると、それだけで神秘的な霊力を感じてしまい、思わず見えざる仏さまに手を合せてしまったりする。
その始まりは平安時代に遡るというが、お遍路さんで賑わう西国三十三ヶ所寺院の本尊のほとんどが、今も尚、何十年かに一度開帳の「秘仏」とされているのも、その霊験あらたかさの所以であろうか。

湖東三山・秘仏一斉ご開帳ポスター
しかし、マル秘とか内緒といわれれば、知りたくなるのが世の常で、「秘仏で見られない」と言われれば言われるほど、「見たくなる」のが人情というもの。
そして「秘仏ご開帳」ということになると、数多くの人々が、一目その姿を拝そうと押し寄せることとなる。

去年(注:2006年)の秋には、天台宗開宗1200年記念で、湖東三山で名高い滋賀の西明寺・金剛輪寺・百済寺のご本尊が一度にご開帳された。
三寺とも
「住職一代一回限りのご開帳」
ということであっただけに、今回を逃してはならじと、観光バスが連なるほどの大変な人出。

「秘仏ご開帳の威力」というのは物凄いものと、つくづく思い知らされた。



あっと驚く国宝の出現〜秘仏開扉物語〜


さて、世に知られる最もドラマチックな秘仏開扉物語は、世界最古の木造建築で名高い聖徳太子の寺、法隆寺夢殿の「救世観音像」が、はじめて開扉されたときの話だろう。

 

法隆寺・夢殿


夢殿には、太子の姿を写したと伝えられる観音像が祀られているが、鎌倉時代の文書に「今の世にも昔にもその體を知らず」と記されるほどの絶対秘仏で、古来その姿を拝したものは誰もいなかった。

時は明治17年、フェノロサと岡倉天心は法隆寺を訪れ、遂にこの開かずの扉を開いたのである。
仏罰を怖れて逃げ去る寺僧達を尻目に、政府の威光を盾に強引に厨子を開扉すると、観音像は全身白布にくるまれていた。

「飛散する塵埃に窒息する危険を冒しつつ、凡そ500ヤードの木綿を取り除きたりと思うとき、最後の包皮落下し、この驚嘆すべき世界無二の彫像は忽ち吾人の眼前に現れたり。」

と、フェノロサは、金色をそのまま残す飛鳥時代の見事な仏像が姿を現した感激を綴っている。

  

夢殿・救世観音(明治21〜22年・小川一眞撮影)         夢殿・救世観音像         .


この日本を代表する国宝仏は、現在では春秋の二回ご開帳され、誰でも間近に拝することができる。

国宝級秘仏の新たなる出現物語といえば、戦後「秘仏開扉」即「国宝指定」となった、超スピード出世の仏像が二体ある。
昭和29年開扉の京都東寺御影堂「不動明王像」、昭和36年開扉の和歌山慈尊院「弥勒如来像」で、長らく人の眼に触れることなく祀られてきた平安彫刻の名品の大発見であった。

 

東寺御影堂・秘仏不動明王像


 

慈尊院・秘仏弥勒如来像


今も厳重な秘仏として守られているが、開扉の祟りで死人や病人が続いたというような、「ツタンカーメンの呪い」もどきの仏罰話がつきまとったこともあったという。



誰も眼にしたことの無い仏さま〜今も残る絶対秘仏〜


「秘仏」というと、皆国宝に指定されるような見事な古仏に違いないと思いがちだが、開扉してみると、江戸時代の新しいものだったりしてがっかりしてしまうことも多いのが現実。
まさに「開けてびっくり玉手箱」というところだが、今も尚「開かずの扉」で、誰の眼にも触れたことの無い正真正銘の絶対秘仏というのもある。

とりわけ、三大絶対秘仏と称しても良いのが、東京「浅草寺」、長野「善光寺」、奈良「東大寺二月堂」のご本尊。
浅草寺には飛鳥時代の金色観音像、善光寺には百済渡来の阿弥陀像、お水取りで知られる二月堂には天平時代の大小二体の観音像が祀られていると伝えられる。

 

 

浅草寺と絶対秘仏観音像が祀られる厨子


   

善光寺・前立本尊像〜この奥に絶対秘仏本尊が祀られる


 

東大寺二月堂


 

二月堂・絶対秘仏観音像の焼損した光背


誰も見たことが無いのだから、
「本当に、ご本尊は厨子の中に安置されているのだろうか?」
などという不謹慎な想像もしてしまうが、
善光寺のご本尊の姿を鎌倉時代以前に写したという「善光寺式」阿弥陀三尊が各地に在ることや、二月堂大観音像の火事で焼けた光背が別に残っていることなどから、言い伝えどおりの仏像が祀られていることは、まず間違いない。

誰にもなじみ深い寺々、今度訪れられる折には、本堂奥深くに祀られる千年来の絶対秘仏に、はるかなる思いを致してみては如何だろうか。


いずれの日にか開扉され、どのような仏像が出現するのか見てみたいとも思うが、このまま神秘のベールに包まれ、聖なるほとけの世界が続いていくほうが、きっと望ましいのだろう。


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