V  大  正  編

〈その3-3〉




【 目 次 】



1.「仏像鑑賞」が、美術趣味として広まっていく大正時代


2.和辻哲郎著「古寺巡礼」にみる仏像評価

(1)和辻哲郎「古寺巡礼」に登場する仏像の評価コメント
(2)和辻が絶賛する仏像
(3)和辻が厳しい評価を下す仏像

3.大正の時代精神と仏像評価
〜古典的理想美と抒情的感傷美への共感、思い入れ





 
(3)和辻が厳しい評価を下す仏像


次に、和辻が大変厳しい評価を下している仏像をみてみましょう。


前回掲載の   「和辻哲郎・古寺巡礼の採り上げ仏像とその評価一覧」   で、私が 【×マーク】 をした仏像です。



【初期一木彫の迫力ある造形に、手厳しく否定的コメント】


大安寺の木彫群と、唐招提寺講堂の木彫群です。

共に、平安初期一木彫像の出発点、ルーツと云われる、迫力十分の一木彫像です。
ところが和辻は、全く評価していません。


「写実がやや表面に流れているという非難を避けることができない。」
(大安寺・木彫群)



大安寺・楊柳観音像〜明治44年奈良帝室博物館発行写真(販売用)




「不幸にして新来の彫刻家は、気宇大なるわりに技巧が拙かった。」
(唐招提寺講堂・木彫群)



唐招提寺・獅子吼菩薩像〜明治43年奈良帝室博物館発行写真(販売用)



と、何とも手厳しいコメントです。

和辻は、奈良帝室博物館でこれらの仏像をみているのですが、同じく博物館に陳列されていた平安初期の傑作、元興寺・薬師如来像には、一言もふれられていません。

現在では、たいへん評価の高い平安初期一木彫の世界ですが、こうした反古典的なボリュームを強調した造形、内面的精神性重視の迫力ある表現は、大正時代の当時の嗜好にマッチしなかったのだと思います。

当時の美のモノサシの眼には、こうした造形表現は、

「表面的表現で、技術が拙い、出来の良くない仏像」

と映ったということなのでしょう。


和辻の「古寺巡礼」の仏像評価をまとめると、

・ギリシャ・ローマの古典的写実美への素直な共感からくる天平彫刻への高い評価

・抒情的、感傷的な雰囲気の造形表現の仏像への憧憬、強い思い入れ
〜新薬師寺・香薬師、法隆寺・百済観音、中宮寺・菩薩半跏像など〜

ということになろうかと思います。

和辻哲郎の「古寺巡礼」は、和辻が29歳の若者であった頃、奈良を訪れた印象記を綴った紀行文ですので、専門外の教養人の若書きの書とも云えるものです。

そこに記された仏像評価をもって、大正時代の仏像評価を論じるのは、早計なのかもしれませんが、この和辻の仏像評価は、大正時代の一般的な評価を、ほぼほぼ物語っているのではないかと思えます。





3.大正の時代精神と仏像評価
〜古典的理想美と抒情的感傷美への共感、思い入れ



【理想主義、教養主義、浪漫主義に象徴される大正時代】


大正時代というのは、明治時代の欧化主義、近代化一直線で、肩に力が入った時代から、少し力も抜けて、ゆとりとのびやかさが出てきた時代と云われています。
理想主義的、教養主義的な、自由な空気感が漂っていた時代ともいわれます。

また、大正ロマンという言葉があるように、抒情的、感傷的、耽美的なロマンティシズムに傾倒する風潮がありました。
竹久夢二、高畠華宵、蕗谷虹児などの、美人画、少女画がもてはやされました。
竹久夢二の蠱惑的で愁いを帯びた表情、細身で優美な美人画は、ご存じのとおりです。


 

(左)竹久夢二、(右)蕗谷虹児の美人画



一方で、大正時代の、仏像の美のモノサシ、評価観に眼を向けてみると、一言でいえば、

「古典的理想美への素直な共感と、抒情感傷美への思い入れの時代」

と云えると思うのですが、まさに、こうした大正という時代精神、思潮をしっかりと投影したもののように感じます。



【抒情的感傷的仏像の人気急上昇〜百済観音像、阿修羅像など〜】


抒情的、感傷的な美の仏像、

広隆寺・宝冠弥勒像、法隆寺・百済観音像、中宮寺・菩薩半跏像、新薬師寺・香薬師像、興福寺・阿修羅像

などが、大正時代に入って人気が出て、高い評価をされるようになったというのも、なるほどと納得してしまいます。


振り返ると、明治時代は、4大美術史書に見られるように、権威による「裃つけて、肩を張って力んだ仏像評価」という感じがします。

大正時代に入ると、仏像を観ることが、文化人、教養人を中心とした人々に拡がりをみせ、素直、自然な眼で、仏像が鑑賞され評価されるようになったようです。


明治から大正時代へと移っていく中での、仏像評価の変化を辿ってみると、これもまた、大正という時代の精神、思潮の投影というものを強く感じざるを得ません。


【2019.2.9】


                



inserted by FC2 system