仏 師

3. 山口大口費 (やまぐちのおおぐちのあたえ)

新様式を創る飛鳥仏師

 飛鳥時代に、百済からわが国に伝わった仏教文化は、聖徳太子や朝廷と深いかかわりをもった蘇我氏の庇護(ひご)を受けて隆盛し、蘇我氏の氏寺である元興寺がわが国最初の本格的寺院として建立されたのを始め、造寺造仏が盛んに行われた。

 現在も多くの飛鳥彫刻が残されているが、これらの遺品のうち制作者のわかる例は少なく、はっきりと仏師と呼ばれているのは鞍作止利だけである。止利は、幾人かの工人を従えて止利工房的な組織を統括していたと考えられ、朝廷からも重用されて、当時の仏教文化の主流とも言える立場にあった。

 しかし、飛鳥時代の遺品には、止利派が多く制作したと考えられる金銅仏の外に、木彫仏も多い。この時代の木彫像は、彫刻技法などから朝鮮での制作と考えられる広隆寺半跏思惟(はんかしい)像がアカマツで造られている以外は、すべてクスノキが用いられている。これはクスノキが芳香をもち、霊木として信仰されていたためであろう。

 飛鳥時代の木彫像としては、法隆寺夢殿観音像、百済観音像、金堂四天王像、中宮寺半跏思惟像などが代表的な遺品として知られているが、この法隆寺四天王像のうち広目天像多聞天像の光背の裏面に作者と考えられる人名が次のように記されている。

(広目天)山口大口費上而次

二人作也

(多門天)薬師徳保上而

鉄師古二人作也

 すなわち、山口大口費(やまぐちおおぐちのあたえ)、木(こまろ)、薬師徳保(くすしのとくほ)と鉄師古(てつしのまらこ)の四人である。このうち山口大口費は、『日本書紀』の孝徳天皇白雉(はくち)元年(650)の条に、天皇の勅命により千仏像を刻んだと伝える漢山口直大口(あやのやまぐちのあたえおおぐち)と同一人物であると考えられている。

 千体仏は、玉虫厨子の扉に貼り付けられていた千体押出仏のことという説もあるが、寺院の壁を装飾するような押出仏または仏と推定される。

 漢山口直大口は、渡来人東漢(やまとのあや)氏の出身で、飛鳥末期から白鳳初期にかけて活躍した仏師であることから、四天王像の制作年代もほぼ推定できる。東漢氏は、応神朝に来朝した阿知使主(あちのおみ)の一族と伝え、早くから朝廷や蘇我氏ともかかわりのあった渡来人で、仏教文化の面でも大きな影響力をもっていたことが知られる。例えば、中宮寺の天寿国繍帳(てんじゅこくしゅうちょう)の制作に加わった東漢末賢(あやのまけん)や飛鳥寺の建立の指揮をとった東漢大費直麻高垢鬼なども、この一族の出身てある。

 山口直大口以外の三人については余り知られていないが、鉄師古は、像のもつ刀や宝冠・瓔珞などの装飾具を制作した工人ではないかと考えられる。宝冠は、銅板の打抜きに渡金を施した豪華なもので、正面に四葉文を置き、周囲に雲気文とパルメット文を配し、上部に日輪と三日月を組合せた意匠をあらわしている。また、宝冠以外にも臂釧や腕釧、腹甲の下縁などにも同工の唐草文様を透かした金具を配するなど、随所にその冴えを見せている。この宝冠の意匠は、夢殿救世観音の宝冠に非常に近いことが注目される。

  

法隆寺金堂四天王像宝冠         法隆寺夢殿救世観音像宝冠

 

 四天王像の像容は、平安時代の図像集である『別尊雑記』に載る、大阪・四天王寺の四天王像に近いことが指摘されている。すなわち、邪鬼の上に直立して立ち、襟の高い甲冑の上にスカーフのように布をまとい、胸前に大きな結び目をあらわす点や、臂釧で留めた袖口を鰭袖を扇のようにあらわし、長袖を膝まで垂下させる点など、細部に至るまで似通っている。


『別尊雑記』所載 四天王図像

 

 四天王像は、ほぼ直立した動きのない像であるが、金堂釈迦三尊像など飛鳥時代前期の像に比べると体躯に奥行きがあり、正面観照だけでなく、ある程度側面観照を意識した面が見受けられる。それを象徴的に表わしているのが腕から垂れる天衣で、金堂釈迦三尊像の脇侍や夢殿観音像の天衣が体の両側に大きく広がっているのに対し、本像では天衣の先が後から前に大きく湾曲し、前後の広がりをもっている。本像のもつ塊量感や側面観照は、後の白鳳時代の彫像の手本となった中国の北斉・北周の様式の影響と考えられ、山口大口費も、当時の四天王寺様式の像を参考にしながら、中国の新様式を敏感にとり入れていることがわかる。

 この他、飛鳥時代の仏師としては、文物献上から、鰤魚戸直(ふなどのあたえ)と狛竪部子麻呂(こまたちべのこまろ)の二人が知られている。『日本書紀』によるとこの二人は、白雉四年に孝徳天皇の勅命によりこの年に亡くなった旻(びん)法師の霊を弔って仏菩薩像を造り、川原寺に安置したという。このうち狛竪部子麻呂は「画工」とあることから、仏像の彩色を行った工人と考えられている。

(高見 徹)

 


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